【うつ病遍歴⑤】休職中、毎日が日曜日と言うけれど。。
サインバルタ30mgと呂律が回らない、手が震える、腰痛などの副作用を抑える薬・・・という小康状態なんだか違うんだかよくわからない服用状態で一応のところ薬探しの旅を終えました。
最初の病院で過呼吸になってから薬探しの旅を終えるまで約1年かかりました。
秋に初めて病院に罹ってから、一年以上が過ぎ、うつ病二年目の冬を迎えていました。
このころの毎日と言ったら、何もすることがなくずっと暇をしていました。
とはいっても活字を読むどころか漫画、アニメなどを眺めるのもつらく、寝ることくらいしかやることがありませんでした。
学生時代、登山や海外旅行など活発に動き回っていたの私ですが、そんな体力ももはやすっかりなくなり、夕方に起き、出かけないのはさらに気分が落ち込むと思い、日が暮れるなか高校時代に使っていたぼろぼろの自転車で近くのマクドナルドに行ってコーヒーをのんで帰ってくることをしていました。
こうすれば多少なりとも疲れて、夜眠れるのではないかと思ったのです。
睡眠は一日16時間ほどでした。
毎日深夜2時とか3時に寝て夕方起きるのです。
昼夜逆転気味のほぼ寝たきり状態です。
トイレに行くのも面倒くさく、「トイレに行けた」と言うだけで自分をほめてあげたい気持ちでした。
さて。そんな毎日を過ごしつつ治療に励んでいた私ですが、薬の服用による抑うつ状態の改善を全く感じていませんでした。
毎日、起きて寝る。食欲は全然ないけれど、実家で親が作ってくれることと、食べた方が体に良いことはわかっていたので毎日無理して食べていました。
それでもみるみる痩せていき、56キロあった体重は48キロに落ちていました。
病院へはしばらくして「病状が安定した」という理由で週に一度の通院が隔週になりました。でも、私は過呼吸が治っただけの状態で、ただスタート地点に戻っただけとも言えます。
そんなあるとき、医師から「デイケアに通え」と言われました。
私が通っている精神科は個人医院でデイケアは自宅から電車などを乗り継いで1時間ほどの大きな精神病院の中にあるといいます。
生活リズムを整えるのが目的でした。
私は一カ月ほど渋って、自分で生活リズムを整えようと努力したのですが、まったく治らず、毎日、すごく暇をしていたのと相まって、通うのもいいかなと考えを改めました。
この一年、心配してくれた友人と1、2回会っただけで、ほぼ誰とも会わず、誰とも話さない日々を過ごしていたので、薬も効いている実感もない中、この変化が寛解するきっかけになるかもしれないと思ったのです。
それに、休職して最初こそは毎日日曜日で溜まりきったストレスを発散すれば病気もよくなるのではないかとおぼろげに思っていました。
しかし、実際は朝(夕方)起きて、自分に何もすることがないことに気が付き絶望する毎日なのです。
日曜日は毎日働いたり頑張っているからこそありがたいものであって、毎日が日曜日でも気分が晴れやかになることはないのだと実感しました。
これが大学生の話であれば、気分転換に海外旅行にでも、となるのですが、あくまで休職の身、治療に専念しなければならないので堂々と表を歩くのもはばかられる状態で、常に後めたさを感じていたのも一因ではないかと思われます。
ともあれ、私はデイケアに通うことになりました。
まがいなりにも、毎日通うところが与えられたのです。
まるで転校するときのような不安と期待の気持ちで通う日を待っていました。